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水師営の別館

折々に感じたことを書くために作ったTwitterのスピンオフ的ブログです。

嘘が嘘を招く(後編)

時事評論

前編では『盛る』面接がこれまでの「感情の嘘」から「経験や性格の嘘」に変貌していると指摘しました。また後者の嘘は各個人の生まれ持った性質や能力を偽るため悪質で、企業と学生の双方に不利益をもたらすのではないかと考えました。そしてこうした面接における嘘の氾濫の根幹にはエントリーシート(ES)があるとし、ESを改善することがまず必要だと提起しました。
suishieinobekkan.hatenablog.jp

こうした私の考えを踏まえて、皆さんはどう考えているのかTwitterのアンケート機能を利用して尋ねてみました。結果は以下の通りです。
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この結果を見るに、一定の修正が必要という声が多いことが分かりました。私もこの選択肢を作った上でどれを一番支持するか考えましたが、私は「短答方式」を選びました。ESを目の敵にしているから「廃止」だろ!と思う人もいるでしょうが、ESの人柄や人格を知るという元々の目的には賛成だからです。学歴だけを問うなら面接は不要だし、志望理由だけでは差は現れにくいと考えたからです。



短答方式を推した理由は2点あります。それは字数制限で嘘の要素を抑止し、最低限の言葉でアピールを課すことができること、そして面接での『盛り』に対する厳しい質問が可能になると考えたからです。短答方式で想定した文字数は30字程度です。



字数を減らすことは嘘を書く隙を許しません。何百字も求めるからありもしない嘘を跋扈させるのではないでしょうか?「○年間飲食店でのアルバイトを頑張った」だけで18文字です。売上げが~バイトリーダーが~と心にもない嘘エピソードを入れるのは困難でしょう。わずかな字数でアピールさせるわけですから、簡潔さと具体性の両立という点で単に楽をさせたいのではないと断言できます。



それでも「飲食店でバイトリーダーを努め、マニュアルの改善を行った。」などと偽る人はいるはずです。ESで文字を書いておけば、想定問答集を作ったり、質問を誘導させたりと用意周到な「脚本」を作れるでしょうが記述を抑えた分、喋りの重要性が増します。「君にそんな権限はあったの?」「どこをどう変えたの?」「変えてみて改善された部分はどこ?」などを急に答えられるでしょうか?



咄嗟の質問にそれでも対応できる人がいたら、もうそれはお手上げですが普通の学生には無理でしょう。表面的な喋りのできる自称コミュ力学生には備わってない力ですから。また文字だけでは伝わらない目線や動揺も把握できるのでなおいいはずです。そして面接での自己表現の重要性が増す分、明るいキャラ、コミュ力キャラを無理強いさせることのない負荷のかからない面接になるはずです。




一方で私はなんとしても入社したいという熱意を示す嘘まで否定してません。嘘偽りなくとやるのが正しいとも言ってません。ただありもしない実績や経験を語る人が得をする社会に違和感を覚え、見過ごす前に一度解決のために動こうよと思うからです。そんなによく出来た人ばかり日本にいるならこんなに経済は長らく低迷していないはずですが、多くの人はふつーうの人間です。



もちろん、まだ我々はES導入以来何の設問に変化のない「いい子コンテスト」に参加せざるを得ません。しかしいつの日か人事の裁量を任された時、あの時感じたバカバカしさを原動力に改めてみませんか?自分がやらされたのだからお前らもやれの精神はみんなを不幸に貶める悪循環の始まりです。この提言をもってこの話は終了といたします!

嘘が嘘を招く(前編)

時事評論

先日Twitterで紹介した「就活でどこまで盛る?」に関する記事は反響が大きかったです。皆さんもやはり嘘つき事情に関心があるのかと思いました。この記事を引用した人々の中に「嘘ついてなんぼ」や「そんなの昔からあったもの」と概ね肯定する感想が多かったようです。また「嘘は得意じゃないけどそうするしかない」と消極的な追認もありました。



「第一志望です」や「御社の○○という理念や方針に感銘を受けました」という気持ちにかかわる「盛り」は昔からあったという意見は確かに事実でしょう。しかしこれは部分的正解にすぎず、近年の嘘はそこが問題ではないはず。つまり「感情の嘘」でなく「経験や性格の嘘」が蔓延していることが問題なのです。



「会社に入れば嘘もあるのだからこんなの当然」と正当化する人もいましたが、商品の実績や性能を偽る人や企業はいないはずです。相手を持ち上げたり、熱意を表したり、せいぜい弱味を自分から言わない程度でしょう。客はいい気分になる、自分は利益を得る優しい嘘とごまかせるでしょうが、昨今の就活生の嘘は誰にも心地よさや利益をもたらしません。



小遣い稼ぎのバイトが売上げアップになる、自治会でやった地域のゴミ拾いがボランティア団体所属になる、寡黙なのにお喋りキャラになる、参謀キャラが指導者キャラになるなど…これでは方便どころか虚偽、捏造、でっち上げでしょう。たかがバイトで売上げを伸ばせるほど経営は簡単でないし、船頭ばかりいる社会が有史以来どこにあったでしょうか。



Twitterで紹介した記事は「盛り」の主戦場を面接にしてましたが、こんな「盛り」否「捏造」が蔓延したのはやはりエントリーシート(ES)が普及したからでしょう。個人的にESが嫌いということもありますが、記事にある「盛り」面接はESの内容を踏まえて展開される以上、ESの抱える問題点や改善の余地を指摘しない限り捏造合戦は解消されないでしょう。



ESは相互の不一致を減らすため普及したにもかかわらず捏造合戦となってしまっては本末転倒です。例えば、入社してからも指導者キャラを演じるのは苦痛ですし、将来の幹部として採用したにもかかわらず実際は違ってたら企業も不幸でしょう。感情なんてものは変化しますし、気持ちなんてものは秋の空と一緒です。しかし気質はそう簡単に変化しません。



今、会社の根幹を担うのはせいぜい意欲や志望理由を盛った「感情の嘘」世代ですが、これからは「経験や性格の嘘」世代が台頭することでしょう。そんな彼らが主軸となったとき何が起こるか…ごまかすことに長け、表面的なお喋りをコミュ力だと過信して、責任は先送りにする自称リーダーばかり…こんな最悪な未来が幸せや希望と言えるでしょうか。



志願者の個性を求めたにもかかわらず「画一化された」スゴいエピソードが乱立し、人柄を知るために創意工夫を求めたにもかかわらず「マニュアル化された」単なる作文が乱立し、幅広い人材を求めたにもかかわらず「キャラづけされた」いい子ばかりが乱立した現状を解決するにはどうすればいいのか?これは後半に続けることにします。

もっと面倒になる就活?

時事評論

いつもならプロ野球開幕!と考える時期ですが、今年はそういきませんね。理由は就活です…プレエントリーでポチポチしては、あちこちに行って説明会、そして「できた」大学生を演じるESの記入と面倒臭さ満点です。この面倒さは我々の親世代の就活と比べると明白でしょう。なぜなら景気は上り坂、四大卒は今の半分、面接は2~3回、真っ黒スーツなんて不要などという環境ですから。


我々はただ懐古主義に傾き、羨望の眼差しを向けるしかなく、この面倒臭さからは逃げられないでしょう。あんな時代は経済的にも、社会構造的にももう2度と現れないのですから…しかし、これから数年後はもっと手間がかかる時代に入るのではないかと思います。煩雑さは加速してるのにもっと加速するのかと驚く人もいるでしょうがそう考える理由が3つあります。


一つ目は「インターンを前提とした就活」です。長期休暇に行う企業実習への参加者は増加する状況にありますが、必ずしも行く必要はないのが現状。しかし参加して当然の風潮がこのまま強まり、就活の必須条件になりかねないと見てます。国もインターンをキャリア教育や授業の単位として活用しようとしてますからね。就活前倒し化と失われし長期休暇、これはダブルできついですね。


二つ目は「偽装SNS」です。「実名SNSがないと不信感を抱く」という発言を聞いたとの旨のツイートが反響を呼んでましたね。これは極端な例だけど、採用過程の複雑化の一つ、そして『リア充』であることを強いる社会と化した日本ではなんら不思議なことではないのかもしれません。自己防衛として虚構に満ちた投稿の数々…キラキラすることに疲弊した社会に拍車をかけそうな動きです。


最後は「ボランティアの流行」です。手続きの複雑化や相互不信のなれの果てという2つの理由とは違い、単なる時期的な都合です。そう3年後には東京五輪⚫パラ五輪がありますから…ESはいい子の証明書として今後も続くでしょうから、運営ボランティアはネタとして良質なはずです。頑張ったこと、苦労したこと、リーダーシップを発揮したこと等々…定番ネタ対策として書きやすいですよね。


こんな茶番、滑稽、欺瞞の源泉、それは日本経済の低迷でしょう。上り坂の時代なら大量採用しても会社は儲かる、期待外れがいてもじきに育つだろうし、次の採用で期待すればいいという鷹揚な態度が可能でした。しかし業績不振や新興国の台頭は失敗を許さない環境を作りました。その中には当然「人事で失敗できない」も含まれ、そのリスクは学生に転嫁することになったのでしょう。


昨今のES、GD、面接の嵐を「コミュ力、協調性」を題目に行われますが、本質は「人事は採用で失敗しなかった」という弁解でしかないはずです。加えてそんな苦難の時に入社した人々は自ずと似た価値観や経験を持つものを好むのは想像できます。一度スゴいエピソードで成功した世代が誕生するとそれが再生産される負のスパイラルは止まることを知りません…


想定した最悪の三重苦の冷や飯を喰うのは今の高校生以降でしょう。その時我々は、自分達は辛い目に遭ったから君らも苦しい目に遭って当然と思うのか、こんな喜劇を繰り返して20数年、何も変わらなかったと悟り方向転換をするのか選択が問われるはずです。嘆きながら私は「シューカツ」の「いい子」というプリンシパルを演じるのでしょう。こんな劇、早く千秋楽を迎えたいものです。

野球中継の記憶

野球

プロ野球のキャンプは終わり、3月末の開幕を前にオープン戦が始まりましたね。最後の選抜段階であり、今季の展望を占う大事な調整時期ですね。そして今年はWBC開催年です!どんな試合を見せてくれるのか期待しましょう…公式戦を前に、強化試合・壮行試合、そしてWBC本戦と3月初旬から試合を見られるのは野球ファンとして嬉しい限りです。


こうした国際試合は地上波で放送され盛り上がりますが、公式戦の地上波中継、特にその代表例たる巨人戦のナイター中継は本当に激減しましたね。2009年に巨人戦を長年放送してきた日テレがナイター中継を大幅削減して以来、野球中継=BSもしくはCSという感覚が確立したように思います。今日はその地上波野球中継の話です。


私がプロ野球に興味を持った2003年には毎日地上波で放送されてました。7時になるとチャンネルをすぐに野球中継に合わせ、夕食を食べながら野球好きの父と子が熱中して見ていた記憶があります。そして9時前になると当然のように中継は最大30分~60分の延長。しかしその当時の私は9時頃に寝る決まりだったので翌朝に結果を知ることもありましたね。


BSやCSなんてものはその頃、我が家になかったので地上波で映らない6時から7時はラジオで聴いてたし、中継が延長しそうになると母は9時以降のドラマの予約を修正していました。ビデオデッキは今のハードディスクのように自動で対応してくれないので、そのまま放置していると冒頭数十分が野球中継…という悲劇を引き起こすからです。


この悲劇の積み重ねが特に女性層のアンチプロ野球感情を助長させたのかも…と感じますが、これがつい10数年前の野球中継を囲むありふれた家庭環境だったと思います。バラエティー番組などが野球中継のせいで何週も休止になることもありましたね。北海道や関西など地方では今も地上波中継は健在でしょうが、全国ネットではもはや風前の灯です。


理由は明白で、一に視聴率の凋落、二に価値観の多様化、三にファンの分散でしょう。2005年、5位に終わった巨人の成績はファンの支持を失う要因になりました。また価値観の多様化はスポーツ=野球という図式を崩しました。こうした巨人離れからの野球離れを危惧した他球団は地域密着を加速させた結果、巨人戦は高視聴率コンテンツとしての地位を失いました。


地上波では不人気な野球中継ですが、固定層はいるのでBS等に転進して人気を博しています。地上波の悪ノリがなく、試合終了まで放送してくれるので問題ナシと思う人もいるでしょうが、地上波に比べて存在感が薄まったことは否定できません。BSやCSの普及率は高まってますが、テレビ=地上波の構図は変わってない以上、過去に比べプロ野球を取り囲む環境は厳しくなったと言えます。


満員の球場、BS等での人気はこれまでの野球人気の貯金の結果です。公式戦のナイター中継を知らぬ小中学生が大きくなったとき、プロ野球が気づいたらオワコンとなってしまっては遅いのです。そうならないよう球界全体の努力を願いたいものです。

あのCM、どう思う?

身の回り

いよいよ3月が到来…カタ:(ˊ◦ω◦ˋ):カタ
震える理由は言わずもがな、今後数十年、あるいは一生の職を決める就活の解禁月だからです。もうすでに就活は始まってると言う人もいるでしょうが、一日インターン程度では採用に直結しないだろうし、コネやリクルーターは生得的な運だから、それに一喜一憂する必要はないと願望を込め私はそう考えています。


いざ職探しが始まれば、ESの「頑張ったことエピソード」や「苦労したことエピソード」を作るために苦しむ未来が見えますが、その話はまた今度に…今日のお題はその就活を支える情報サイトのCMです。そうマ○ナビとかリ○ナビのこと。この大手2社のCMに違和感のみ覚えるばかりです。その違和感を3つの理由に集約してみました。


まず第一に「夢や希望を語るフレーム」という欺瞞です。大抵の子は就職という過程をもって現実を見ることになるでしょう。小さい頃や中高生時代になりたかった夢を諦めて現実的な就職先を選択し、親を安心させることに努めるはずです。希望を捨てて身の程に合った企業を選択することになる現実とずれたCMを見かけてはイラッとしてしまいます。


第二に「我々は応援してるよ!」感の押しつけがましさ。背中の後押し感を彼らは醸し出しながらもいざ蓋を開ければ、もっとエントリーしろとウェブ画面で煽ったり、あれやこれが就活に必須だよと宣伝してくるDMの送付…応援というより不安を煽り儲けようとする魂胆が丸見え。いちいちCMで優しさを押しつけられてもなんのこっちゃの一言です(笑)


最後に「就活は前向きにやるもの!」という図式。多くの皆さんは大志や信念を抱いて始めるより、必要性に迫られて始めるはずです。生活するためにはお金が必要ですからね。中の人は無能なのでたくさん落ちると覚悟してますが、それでも「よし次!」と方向転換はできないはず…「二度とこの会社には銭を出さないぞ💢」と一生の怨念になりそうです。


散々こき下ろし非難した一方で、就活の現実をまざまざと表現したガス会社のCMは炎上騒ぎを起こし、放映中止になった記憶も新しいですね。嘘の優しさに満ちた宣伝も超現実主義に満ちた宣伝も嫌われる世の中でそれなりにウケのいいコマーシャルは何なのか?それを考えると無難なものを求めて毎年似たような作りになるのかもしれませんね。


その先の出口が苦しみなのか、幸せなのかは分かりませんが、力を尽くし、神のご加護を願い3月を迎えるつもりです。