水師営の別館

Twitterで呟ききれなかったことや最近気になったことを書くブログです。あと早期リタイアを夢見て入社1年目から少しずつ準備しています。

わたし、うつで休みます「休職中のお金」

収入大幅減に直面

休職に入り二度目の給料日が来週やって来ます。幸いなことに休職中も基本給分は支給され、また先月6月は5月分の残業代が含まれていたので、通常月並みの給料が支給されました。しかし今月からは基本給分のみということになり、収入減に対応した生活をしなければなりません。収入減に加え心療内科受診による医療費増という事態に直面した私は収支のさらなる見直しを図りました。


まず削減したのは「貯金」です。収入から財形含め6割以上を貯金に回していましたが、これを3%程度カットし、他の支出項目を優先しました。また交遊費や医療費、食費など純粋に自由に使える「小遣い」については20%カットしました。休職中なので昼休みの外食はゼロになるというプラスの効果もありますが大幅減です。またクレジットカードの利用についても約20%減ということにしました。


固定費もさらに節約

家賃やほぼ固定料金となっている通信費については削減できませんでしたが、ガス代と電気代については減らせる対象として見直しを進めました。まずガス代は家に引きこもり、誰とも合わない日はシャワーの利用を控えました。またシャワーの温度も3℃下げ30%の削減をすでに実行することができました。


電気代も日中家で過ごすことが増えましたが日没後まで照明をつけず屋外から光を取り入れ、電気のつけっぱなしを止めるなどを行い約10%削減することができました。涼しい日が続いていることも電気代削減につながっており助かっています。元々無駄遣いしない性格ですし、家計を考えることは苦ではありませんが、基本給だけで生きていくことは結構しんどいものがあります。


アンケートサイトをやってみた

支出減の余地は限られる一方、休職中とはいえ収入増につながる手段も考えることにしました。そこでアンケートサイトに登録し、ポイントを換金することにしました。時間だけはあるのでこまめにアンケートが来ていないかチェックし、ひたすら答えました。初月の6月は月の途中から行ったこともありゲットしたのは2000 円でしたが、7月は3000~3500円稼げそうです。


お小遣い程度ですが収支のバランスを確実に黒字化させるには不可欠な収入ですし、低金利の時代預貯金に期待できないのでアンケートサイトは私の休職期間中の大事な財源になりそうです。またこれはリスクも伴うものですが外貨預金も行っています。これは金利は高いものの為替損益も生じるもので余裕資金内でやっています。証券口座も開設してお金にお金を稼いでもらう準備も進めたいです。


お金にゆとりが多少あっても…

給料が保証されるということは生活が保証されるということになり大変ありがたいことです。貯金を削らずに毎日を生きていけるからです。しかし思うのは残業手当なしで暮らしていこうとすると生活は困窮と隣り合わせだということです。もちろん繁忙期や緊急事態に対応するために残業をすることは理解できますが、私の場合慢性的な残業環境にあったことが休職につながったのかと思います。


私が休職した理由は様々な要素が積み重なり、組み合わさった結果なので労働時間それこそが問題だったわけではありません。ただこれを語るなら休職前は社内で最後まで残ることが増えてましたし、翌月以降、よりあれこれ要求されることが目に見えてました。「ここで逃げないと危ない」という意識しか最後の方はありませんでした。仕事が属人化する前に休めてよかったと今は安堵しています。

わたし、うつで休みます

ついに迎えた決断の日

ここ数か月長らく続いていた精神的、身体的不調は「抑うつ状態」と診断され、休職を勧めるとの診断書になりました。酷くなる一方の状況に危機感を抱いて通院するも、症状必ずしも好転せず、労働環境もまた私に利あるものになりませんでした。なお6月以降も今の環境のまま仕事を継続すれば、ついに私の心身の荒廃を招くのみならず、今後の人生を破却至らしめると考えたところであります。


過剰な業務量と残業ありきの労働時間と業務期日に追われ、それでも要求される過剰なクオリティ、そして所属部署の人間関係がすべての元凶です。何かあれば私に業務を押し付ける先輩社員、そして業務の割り振りを一切管理しない管理職と孤立無援、四面楚歌に置かれた私は毎日が不幸でした。精神的不調は身体的不調にもつながり、相互に作用し身も心も消耗しきってしまいました。


身体的不調はかなりキツい

抑うつ状態なので憂鬱な気持ちや焦燥感など気分の落ち込みはありますが、同時に身体的不調が襲ってくることは今回の出来事を機に初めて知りました。この体に感じる不調がまた精神に悪影響を及ぼす悪循環の中で働き続けていたことは本当に苦痛なことでした。症状としては頭痛、腰痛、腹痛の痛みトリオの他に食欲不振、吐き気、微熱、節々の痛みまでやって来ます。


もちろん疲れが取れにくかったり、寝付きや目覚めに不調が出たりもしますが、ただでさえ心がつらく、重い状態で体にも違和感を抱えたまま過ごすことになるので、帰宅後はベッドからほとんど動くことができなくなりました。もうあんな日々に戻りたくないと思い休職の手続を取ることにしたのですが、その際には今抱えている仕事のことや、休んだ後の職場のことは忘れるべきでしょう。


責任感、使命感より大事なもの

今、抱えている仕事があるから休めないと考える人もいるでしょうが、仕事は絶えずやって来るものなので、こうした考えではいつまでも休めずさらに体調を悪化させる原因となります。ここで1、2か月頑張って症状を悪化させ退職せざるを得なくなり、その後、何年にもわたって療養生活を過ごすとなってしまっては元も子もありません。守ってくれるのは自分だけなのですから。


これからどうするか

2か月ほど休むことになりそうですが、おそらくそれで復職できるとは思っておりません。時間がかかるものと考えていますし、もう今の所属部署であのメンバーたちと仕事もしたくないと思っています。こればかりは私の意思でどうにかなるものではありませんが、復職したところで再発のリスクが高いからです。そう思うと中途半端な復帰は怖いです。


休職中はしっかり休むことと、今後の出処進退を考える時間にしたいです。ダラダラ過ごすのはもちろん、少し元気になったら読書や料理、英語の勉強をしようかと思います。そしてやりたいこと、できることを振り返り、進路を方向転換するならばお金や能力、スケジュールについて検討することにしたいです。前向きに休養を取りたいと思います。

20代からの早期リタイア計画「早期リタイアを目指すに至った経緯」

これまで書いてなかったこと

早期リタイアを実現するために節約の仕方やお金の使い方、我々世代の生き方などについてこれまで書いてきました。しかしなぜ早期リタイアを目指すに至ったかについては書いてこなかったように思います。一年間を振り返り、それらを整理してからその経緯を書こうと思ったからです。ようやくその用意が終わり文字に表すことができたと感じています。


私自身これらを顧みると不運だったなと思うこともありますし、生来のマイナス思考も災いして未来に期待を持てず悩ましい日々を過ごしています。漠然とした悲観論とどう向き合い、処理していくべきかが私にとっての重大な課題となっています。文章を読んで「甘いなあ」と思うのも結構、「私も」と共感してくれるのも結構ですが、これが紛れもない今の気持ちであることを宣言します。


配属約50日で教育係が休職

会社にはいわゆるメンター制度とかブラザー・シスター制度などが存在はしませんが、業務や社内慣習などを教えてくれる人が私にはいました。便宜上教育係と呼びますが、少しずつ教わりながら仕事をしていました。教わり、真似をしながらの日々でしたが、ある日より会社に来なくなりました。それから数日後、上司から「彼は休職した」との報告がありました。


今も復職できず、丸一年休職していることになります。その人から「今の業務は向いてない」と一度聞いたことはありましたが、心を病むほど負担であったと衝撃を受けました。同時にこの出来事から徐々に不安が増大し、労働への恐怖を感じるようになりました。多少は意気揚々と社会に出た新人の隣で、休職者が現れたことへのフォローの一つすらなかったことは今も忘れることはできません。


給料と能力に見合わぬ負担の蓄積

その後、別の先輩社員(休職した人よりも年上)の人に教わりながら働くことになりましたが、人員減の状況を支えるために私が主担当として行う仕事も出てきました。しかし、だからといって給料が当然増えるわけでもなく負荷だけが増えるようになりました。要領良くできるタイプではありませんが、この非常時乗り切って何とかしようと思いました。


そんな状況を過ごして3か月ほど経った頃、ついに緊急事態は終了しました。人手不足を補うために会社が派遣社員を呼ぶことにしたのです。触れ込みでは今の業務の「経験者」ということでしたが、現実はそれを裏切るものでした。実際は新卒で入った会社はブラック企業、転職先もブラック企業、フリーターを数年やった後に、私の勤め先にやって来たという能力に疑問符のつく人物でした。


今度は私がちょっとした教育係に…

待遇の悪い環境にしかいなかった人を仲間に入れ仕事をしたことも思えば不幸の始まりの一つだったと思います。能力や工夫ではなく、残業で何とかしようとする態度が顕著で正社員の私よりも労働時間が長い月もありました。こんなことを書けば傲慢かもしれませんが、記憶力や読解力の乏しさ、そして労働法に対する知識のなさも酷く、非正規で人員を補うことの弊害を強く感じました。


自分が覚えることで精一杯であるにもかかわらず、この非正規が入ったことにより私は業務の概要や会社の備品、システムの利用方法などを教えるよう言われました。なぜ私がそんな教育係的役割を担わなければならないのか不満を抱きましたし、彼の不始末が原因で私が注意されたことも理不尽に感じました。「こんなこと私の仕事じゃない」と。


昔人間しかいない部署環境

業務量の多さを申告しようにも上司や年齢の離れた先輩は昔人間であり、それくらいやって当然と考える節があります。しかし昔以上の仕事の密度で、昔より少ない手取りで、昔と同等の忠誠心を示せと言われても誰が納得して働けるでしょうか。馬鹿馬鹿しい、コスパの見合わない行為ですし、仮に私を自分と同じような仕事人間にさせたいならもっと別の人間が適しています。私は嫌です。


早期リタイアするまでもなく、見切りをつけて自分が関心のある道に進んだ方がよいのかと感じるようになりましたし、健康、特に心の健康を思うと今の環境は適していないとすら感じます。「隣の芝生は青い」だけかもしれませんが、残業も少なく、コミュニケーションが取りやすく、トゲのある言葉も言われない環境がすぐ近くにあるなかで私だけ損をしているとまた心が疲れてしまいます。


とにかくお金を貯めて選択肢を広げること、これは喫緊の最重要課題として取り組んでいきたいと思っています。

20代からの早期リタイア計画「『懲役40年』を迎えるあなたへ」

「懲役40年」という皮肉

明日からは新年度となります。そして大学を卒業された皆さんの多くは就職し、入社式を迎えることでしょう。期待に胸を踊らせる人もいれば、不安や憂鬱の心境をもって過ごしている人もいることでしょう。特に後者の気持ちを表したものとしてネット上では「懲役40年」という言葉もあります。社会という名の牢獄に収監され、ひたすら刑務作業という名の労働を行う様を揶揄するものです。


もちろんこれを否定し、反論する人もいますが、一年働いて感じたのが懲役40年と言われて妥当な場面が随所に存在するということです。そしてそう言わせたくなる経済的、社会的要素もあります。定年延長や高齢者雇用などが推進されており、もはや「懲役50年」どころか「終身刑」になりそうな社会情勢ですが、この環境を思うと今の若者世代に思惑通り働いてもらうことは不可能だと思います。


でも本当に懲役40年なの?

増税社会保険料の負担増による所得減少、相変わらずの長時間労働、失われつつある年功序列賃金や終身雇用、一方で大きくなるばかりの仕事の密度と今と昔を比べて「お金」と「見返り」に関する点では悪化しているのが現状でしょう。これを私は「老いる国での報われない労働」と考えます。


失業や過労による心身の故障も増加するでしょうし、嫌気が差して自主的に労働から退場する人も増えることでしょう。その一つの現れが私が目標としている早期リタイアです。40年働くという前提を疑い、働かなくても生きていける枠組みを築く、そんな道もあるということを忘れないでほしいです。もちろん理想は好きなことを仕事にすることでしょうが、なかなか叶わないのが辛いところです。


人生は一直線のレールじゃない

早期リタイアという目標を掲げて、たくさん貯金をして早めに「出所」するというのも一つの方法でしょうが、それ以外にも懲役40年を避ける方法はあると思います。「学び直し」はその一つの例でしょう。会社を辞めたり、休職したりして仕事から離れて勉学に励むことも選択肢に入れていいと思います。良くも悪くも終身雇用は崩れ、切れ目のない経歴というものも少なくなるからです。


いい大学に入り、いい会社に入り、定年退職まで働き続けるという直線的人生を送ることが社会的にも、精神的にもきつい時代になったかと思います。早期リタイアで労働というレールを短くする、学び直しで違うレールに進む、転職ももっと当たり前の時代となる、これらを頭に入れると少しは気持ちが楽になると思います。いずれにせよお金は必要ですから若いうちから貯蓄に励んでほしいです。


お金と思考があなたを支える

研修が終わり、配属されて以降、社員それぞれの性格や傾向が見えてくると思います。その中で中高年世代の仕事への熱心さや会社への帰属意識の高さを感じることもあると思いますが、我々世代がそれを真似しても大抵の場合報わることはないと認識した方がよいでしょう。お金の面でも、雇用の面でも労働者の「奉公」に応える「ご恩」を若者に提供する会社はほぼないからです。


我々世代は多かれ少なかれそうした現実を認識しながら働くことになるでしょうが、その一方でまだまだ古い価値観が残存している時代でもあります。それに抗えず強いられることもあるでしょうし、それに従ったところで得られる幸せもないと分かる板挟みに悩まされることもあるでしょう。その時、自分の出処進退を支えるのがお金であり、生きる指針を支える思考だと思います。


このお金と思考のヒントとなれるブログを新年度も書いていきたいと思いますし書くことで私自身も考え直すきっかけになれればと思います。
新たな人生の船出おめでとう

20代からの早期リタイア生活「年金機構の炎上から思うこと」

年金機構の「炎上」

企業アカウントの難しさというよりもセンスのなさを露呈した「ガチヤバイ!?リアルガチでヤバイかも!?」から始まる日本年金機構のツイートは一日で削除されてしまいました。しかし消せば増えるのネットの世界、いまだに鎮火には成功していない模様です。


ねんきんネットで自分の年金記録が確認できることをアピールしたかったのでしょうが、重い社会保険料を負担しながらも将来の受給を不安に感じる若者相手にこの表現はあまりにも他人事すぎます。そもそも年金記録が消えたかどうかというより、現在の受給想定額や受給開始年齢が消えるかどうかという不安が大きい世代に対してこの広告は煽ってますし、リサーチ不足だと思いました。


「報われない感」は年金だけじゃない

我々世代にとっても年金とは「これだけ毎月払っているのに貰える額は少ないんだろうな」「65歳からではなく70歳から貰うことになるんだろうな」と負担だけ大きく、損をするのではないかという見方があります。しかしこの負担だけ大きく損をするという「報われない感」は年金に限らず様々な点で若者に無力感や諦めを与えているのではないでしょうか。


給与は最たる例でしょう。過去数十年間初任給はほぼ変わらない一方で社会保険料は上がるばかりです。消費税も上がりましたし、今秋には再び消費税増税が予定されています。もちろん年功序列の賃金体系で少なかった給与分を中年期に取り戻せばいいのでしょうが、実力主義の名の下、若手や中堅世代の賃金カーブを下げる企業は増えています。


自分の会社は「実力主義」ではないと思う人も他人事ではありません。若いうちは年功序列制度を支えるために安く働かされても、自分たちが年を取ったときにその恩恵に預かれる確実性を証明できるものが今の日本経済にはないからです。いきなり別の賃金体系を用意され、給与が前の世代に比べて伸びないまま40~50代を過ごすリスクがあることを認識した方がいいでしょう。


斜陽の国で働くという憂き目

給与は増えない、税金や社会保険料は増える、今の負担や苦労は報われないという事実や感覚が日増しに強くなっていることは残念なことです。しかしそれを食い止めよう、改善しようという政策の気配すらなくむしろ負担が増えたり、国民をしばきあげたりする方向にもっていこうとすらあります。(自分で自分の国を追い込んでいるとは分からずに突き進むその姿勢は私には到底理解できませんが…)


報われないという感覚の中、毎日を働いたり、税金を納めたりするということは大変苦痛なことです。かといってそうした憂き目が中高年世代に広く理解されるわけもなく「なぜお金を使わないのだ」や「そんなに貯めてどうするの」と的外れなアドバイスを聞かされるだけでしょう。

損する枠組みといつまでもいられない

個人でできることはした方がいいでしょうが、国家としてなすべきことを構想したり、提議したりすることが忘れ去られた社会はますます個人が生きづらくなる社会になると思います。この酷な環境に対して自分でできることとして早期リタイアを目指してはいますが、いかに誰かに損失や報われなさが集中しないような枠組みを築いていくかが求められます。


今のままだとますます経済情勢は悪化し平成を覆ったデフレから脱却できないまま新しい時代を過ごすのではないかと思います。報われない社会の枠組みから抜け出し、安らぎのなかで生きたいと願う人が増えそうな気もします。お金よりお休みがほしいと願う若者の多さはその一つかもしれませんね。