水師営の別館

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【陣風賦】H30.9.22「押し付け土産と私」

「これ配っといてね」この言葉を職場で言われるたびに私の心は虚無感に覆われる。そう職場での押し付け土産だ。私は拒否する術もなく無感情のまま「◯◯さんからのお土産です」と機械的に配り、土産の入った箱を解体して捨てるのである。平成も終わる今日この頃、昭和的な陋習に私はうちひしがれるのであった。


▼そもそも土産とは知人や親しい人に感謝の気持ちや楽しかった思い出の共有を図るために持参するものである。だからこそ渡すと同時に「土産話」も生まれるのであろう。しかし土産を押し付けられた私には感謝も思い出も何もない。当然ながら土産話なんてできるはずもない。


▼ただ託された、強いられた配布であるから「これはどこのお土産?」と別の社員から言われても私には分からない。銘菓ならまだしも、マイナーな、センスの悪いお土産なんて全く分からない。ただ製造会社の所在地を告げて「◯◯でしょうね」と愛想笑いをするだけである。


▼買ってきた本人が配れば、このような面倒臭いやり取りもなくなる。そもそも土産本来の意味を考えれば、観光に行ってきた本人が配るべきであり、楽しさを共有したいなら自分で配るべきだ。それを新入社員だからといって私に配らせる目的は何なのか釈然としない。


▼「新人は一時間あたりの単価が安いから」という理由なのだろう。しかし休日の旅行は完全に私的な活動だ。他人のプライベートな行楽の尻拭いをさせられていると思うとこれは業務とは無関係な奉仕活動である。それは私の担当業務ではないと内心不満の気持ちでいっぱいだ。


▼お土産を配ること自体は数分のことであり難しいことではない。ただ、なぜ他人の無関係な土産を押し付けられるのかその理由が分からず、そして他人に押し付けようとする職場の彼らの心理も分からないことに私は困惑するのだ。


▼「お土産配りは女の仕事」という職場の他に、新人の仕事と押し付けられている職場はもっとあるのではなかろうか。このような文化は私の代で滅ぼすしかない、そう決意しながらも私はまた押し付けられるのだろう。どうか皆さんには押し付ける人間にはならないでほしい。