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水師営の別館

プロ野球・時事評論・就活・身の回りを中心にあれこれ述べるTwitterのスピンオフ的ブログ

嘆かわしい「エントリー動画」

毎晩∩(´;ヮ;`)∩ンヒィィィィィと苦しみながら締め切りに追われています。アホらしいなあと思いながら字数いっぱいに文字を埋めていますが、ある企業はエントリーシートだけでなく10秒間のエントリー動画まで要求…これは馬鹿馬鹿しいと感じて諦めましたが、こんな茶番に付き合ってられないです。


企業と学生のいたちごっこ

頑張ったネタ、自己PRネタなど当初は人間性を把握するための新鮮な設問だったでしょう。しかしこの設問を課す企業が増えた結果、学生はウケの良さそうな似た回答ばかり作りました。そこで差別化を促すよう企業や就活本が指摘したものの、再び対応したのが就活生…ボランティア、留学、バイトリーダーなど主語の大きいネタが氾濫しただけでした。


個性と画一性が互いに争った結果、みんなで「スゴいネタの競い合い」という奇妙な状況が生じました。他人がしないからこそ「スゴい」のであって、みんなが経験することは「当たり前」なのにスゴいアピールのオンパレード…この矛盾した自慢争いを見極められるほど人事は有能なのか甚だ疑問です。


とんだ茶番に踊らされて

似たようなスゴいアピールを嫌うのか、近年では「あなたらしさが伝わる写真を載せて自由に記述してください」という設問が増えているようです。サークルやゼミのメンバー紹介じゃあるまいし、私的な写真を載せて何が分かるのか、そして「オタクやボッチやブスは死ね」と暗にリア充さや美醜が基準だよと示すところにいやらしさを感じます。


「自由」という言葉もくせ者です。本当に自由なら泥酔した写真も、アイドルに熱狂する写真も、昼寝の写真もありでしょうがそれはダメです。自由(自由とは言ってない)というお約束ですからね。結局は本人の実態とかけ離れた「リア充アピール」や「奇抜アピール」ができた顔のいい子が得する個性も人間性もへったくれもない選考となるのでしょう。


万策尽きたから?茶番劇の終着点「エントリー動画」

まずはこちらのニュースを…
www.sankei.com
動画で志願者の人柄や熱意が分かると訴えていますがそうでしょうか?我々はYouTuberになるために大学教育を受けてきた訳でもなければ、歳を取った訳でもありません。アイドルのオーディションを通過するためでもありません。ただ生活するために働くつもりなのに、どうしてこんな子供の悪ノリじみたお遊びをしないといけないか…


素人の自分語り動画を赤の他人たる人事に恥ずかしげもなく提供するとはどんな罰ゲームなのか…熱意を伝えるためにお金も時間も動画技術習得もかかると思うと、歪みきったシューカツ制度の成れの果てなのかと思います。単に羞恥心や面倒臭さを利用して募集ハードルを上げる目的で動画を課すのなら選考プロセスの負担を学生に転嫁してるだけです。


エントリー動画では解決にならない

人間性が分かるつもりでエントリー動画を要求しても、所詮画一化の再生産であることに変わりありません。そもそも動画制作なんて大抵の社会人に必要な能力ではないし、投稿する彼らは「就活生」としての能力を鍛えてるだけで「社会人」としての可能性はますます否定されるばかりです。なぜなら写真も動画も悪ノリとお遊びの指標でしかないからです。


結局は最初から文章力という能力で競わせ、嘘つきは面接で排除すればいいだけの滑稽な話です。ニヤニヤしながら「こいつおもろいな」とか「かわいいな」と言いながら動画を覗く人事のオヤジたちが想像できます。でもそんなオヤジたちはエントリーシートもエントリー動画もない気楽な時代に採用されたのだから、茶番も大概にしろと私は強く言いたいです。