水師営の別館

Twitterで呟ききれなかったことや最近気になったことを書くブログです。

20代からの早期リタイア計画「8月の収支」

今月も家計簿を公開

早期リタイアを目指す20代男性の収支を公開します。

収入の部

41,512円…給与
19,000円…アンケート
10,000円…会場アンケート、オンラインアンケート
20,000円…会社の社友会からのお餞別
  366円…ETFの分配金
合計90,878円
給与は8月勤務分と借り上げ社宅の敷金返還分です。アンケートは毎月のノルマ1万円を越えました。今月の会場アンケートは1件、オンラインアンケートは1件で1万円稼ぎました。会社に親睦会的な組織があるのですが、そこから2万円貰いました。思わぬ副収入となりました。


支出の部

24,537円…食費
231円…日用品費
2,770円…医療・衛生費
11,700円…教養・娯楽・趣味費
4,734円…通信費
1,500円…交通費
5,243円…水道・光熱費
788円…その他
合計51,503円
食費が2万円代中盤を超えました。前月とほぼ同じくらい使ってしまいました。ティッシュを買ったので日用品費があります。医療・衛生費は8月に2回しか病院に行ってないので抑えることができました。記念硬貨を買ったので趣味に関する費用を今月は計上しました。トータルでは前月より少しダウンとなりました。


貯蓄の部

17,000円…アンケート
366円…ETFの分配金
投資のためとタンス預金のために今月も少しではありますが貯蓄しました。無職の期間が続くので今後は蓄えを取り崩すようになります。いつまでも無職でいるつもりはないので貯金、退職金等で対応できると思います。

俺の退職の話「退職して思うこと」

退職1か月が経過

8月3日に退職してから1か月が経ちました。退職後は国民年金国民健康保険への加入手続きと住民税の口座振替での支払い手続き、借り上げ社宅の名義変更などしなければならないことがいくつかありました。特に住居はないと困りますが、無職の人には貸せないと管理会社から告げられました。幸いにも父親がまだ働いているので父親名義で借りることにし、家賃は高くなりますがひとまず今の暮らしは維持できそうです。


有給消化をもって退職したので、直属の上司や同僚にお別れの挨拶をすることなく会社を去りました。社内的には知らずしらずのうちにいなくなったという感じですが、休職と復職を繰り返し結局上手くいかなかった奴と理解されることでしょう。実働1年半しかいなかったのですぐにみんなの記憶からは消え去るものだと思っています。退職して約1か月が経つので、退職に至るまでの経緯を振り返りたいと思います。


そもそも無理をしていた6月

5月中旬からフルタイムで働いていましたが、仕事の負荷は徐々に増え、毎日仕事をこなすことに精一杯でした。ルーチンでできる業務とは別に異動先で新たに覚えなければならない仕事があり悪戦苦闘する日々でした。要領が悪いこともあり怒られる毎日で精神的にはずいぶん負担のかかっていた状況だったと今は感じています。そして忘れもしない6月中旬の「ある業務」が私のターニングポイントだったと思います。


私がいた会社は7月に大きな人事異動があり、役職者の大きな机や椅子をセッティングしなければなりませんでした。その他、顧問室のキャビネットの交換や喫煙室の閉鎖に伴う工事など、これらを称して「レイアウト変更」を行うことになっていました。その際、当該作業の責任者を任され(押し付けられ)事前準備から当日の作業の指示出しを行う立場になりました。その当時も今も病み上がりの新人相当の人間に任せるには荷が重すぎる業務だったと思っていました。


案の定、病み上がりかつ新規業務の責任者という役回りは失敗に終わり、いくつか作業の中でミスを犯してしまいました。この時、上司からきつく怒られたのですが、責任感を持てやあなたがいずれメインで行うのだからと言われました。まだ正式な社内的な復職にもなってない人間に能力以上のことを負わせる方が間違ってるのではと内心思いましたが、ここでくじけてはならないと両親からの励ましもあり会社には通い続けました。しかしその業務経験が働く上でのトラウマになったことは否定できません。

さらなるミスと正式な復職前に感じた違和感

レイアウト変更での失敗を受け、反省点をまとめさせられそれを仕上げるのに一週間以上はかかりました。働く上でのトラウマと共に小さな自尊心も傷つけられたように思います。また上司から「仕事に優先順位をつけてやりなさい」と言われたので、その通り優先順位が低いと指示されていた社内の消毒作業を行わなかったら怒られました。やらなくてもいいとは言ってないというのが正解なようで、上司と私にミスコミュニケーションが生じていました。しかしそんな事情はお構いなくまた反省点を書かされることとなりました。


私の能力不足は否めませんが、能力以上の役割を与えたことや一方的な指示でコミュニケーション不全に陥っていたと思います。私は怒られないための方策を取るばかりになりますし、今日も怒られるのかなと不安を抱きながら会社に通っていました。そして正式な復職を前に総務部長と面談がありました。病気のことについて問われましたが、全快したことが前提のような質問でした。精神的なものなので「完治はない、寛解した状態」と答えるのが精一杯でした。あまり精神病に理解のない職場なのかなと思いました。


業務量拡大が告げられたのがダメ押しだったか

正式な復職後、総務の一員としてメンバーに加わったので新しく業務分担が割り振られました。新年会、新人歓迎会の責任者、公的アンケートの取りまとめと記入、被服関係が覚えてる限りでは新たに業務として追加されました。業務としては小さく、頻繁に行われるものではありませんが、心が折れてしまった瞬間でした。こんなに苦労してるのにそれは評価されず、批判ばかりされ、おまけに仕事は増えると三重苦の状況でした。


結果的に7月2日(金)が最後の出勤となりましたが、その日は自分を労うために初めて一人で居酒屋に行ってお酒を飲みました。意識の表層としてはこれからに向かって頑張ろうとしていたのですが、深いところでは「もう限界」と諦めのやけ酒だったのかもしれません。今覚えているのは7月5日(月)ぼんやりと行きたくないなあと思って体調不良を口実に休んだことです。その日は精神科の診察日で障害者手帳申請のための診断書を貰った日でした。


善は急げと翌日も休んで役所に行き、障害者手帳取得の申請をしました。2日休んでこれまでの緊張の糸が切れたのか、精神的に体調がずるずると悪くなり意欲減退、食欲不振が生じました。連続して休むと労働意欲が少なくなってしまうことは過去にもあったのですが、今回はそれに加え労働への恐怖も休むたびに増えていきました。毎日怒られていたことが原因なのですが職場が怖くなってしまい、体調不良と合わせ技一本で会社に通うことが不可能となってしまいました。


一度休んでしまったら立ち直れなかった

正直なところ軽い気持ちで休んでしまったら復帰するタイミングを失い、恐怖とふさぎ込む気持ちでいっぱいになりました。遅かれ早かれ会社は辞めることになると予期していましたが、7月下旬に総務部長と人事責任者との喫茶店での面談で有給消化をもって退職することを決めました。もし休まずに月曜日出勤していたらと思うこともありますが、恐らくお盆休みのタイミングで緊張の糸が切れていただろうし、それがなくとも秋の連休でダメになっていたのだろうと思っています。


「仕事で怒られることがトラウマになっていた」というのが退職の決め手だと思います。精神状態が不安定な時に継続して叱責が積み重なると辛抱強く頑張る気持ちがゼロになるということが分かりました。早期リタイアを目指すとはいえ同じ会社で長く働こうとしていたにも関わらず3年4か月で退職することになってしまいました。しかし2年近く休職していたので実働は一年とちょっとです。


母親からは「会社に行けてないことは分かっていた、私も高卒で入った会社は一年しか持たなかった」と言葉をかけてくれました。父親も「今の会社にしがみつく必要はない、辞めるのも仕方ないことだ」と言ってくれました。両親への説明と承諾を貰えたことから、7月30日(金)に人事の人に電話で退職する旨を伝え、必要書類を送付するようにお願いしました。


これからの予定

人事の人からは傷病手当金が貰えると言われたので、それを受給しながら療養と仕事探しを進めていきたいと思っています。傷病手当金は一年半貰えるので慌てず考えたいです。また失業手当も貰えるので傷病手当金が切れたらそっちに切り替えようと思います。退職は不本意とも言えますし、必然だったとも言えます。私の一年前(2018年)に休職して今年復職した先輩社員からは「見切りをつけることも大事だよ」と復帰直後に言われたことを思い出しました。


過去を悔やんだり、想像したりすることは容易ですが変えることはできません。退職に思うことは色々ありますが、これからのことを考えて前に進みたいと思います。障害者雇用で働ける場所を探して、仕事の負荷や責任が考慮された職場を見つけたいと思います。30歳になる前に仕事を見つけ、なるべく安定して両親を安心させるようにしたいです。これからが大事だと前向きに頑張ります。

20代からの早期リタイア計画「7月の収支」

今月も家計簿を公開

早期リタイアを目指す20代男性の収支を公開します。

収入の部

134,606円…給与
14,000円…アンケート
5,000円…会場アンケート
合計153,606円
給与は手取りから財形貯蓄と借り上げ社宅の家賃を引いた額です。アンケートは毎月のノルマ1万円を越えました。今月の会場アンケートは1件です。アイスクリームを4個食べました。楽しかったですが帰りの電車でお腹が痛くなりトイレに駆け込みました。


支出の部

25,663円…食費
7,030円…外食・交際費
8,810円…医療・衛生費
4,733円…通信費
  180円…交通費
100円…駐輪代
7,280円…水道・光熱費
合計53,796円
スーパーでお惣菜をよく買ったので食費が2万円代中盤を超えました。一人飲みをしたので外食・交際費は少し高めです。障害者手帳申請のために診断書代が高くついたので医療・衛生費は高くなりました。今月は先月とほぼ同じくらいの支出です。


貯蓄の部

15,000円…財形貯蓄
90,000円…投資費用
14,000円…アンケート
財形貯蓄をこつこつ続けています。そして投資用の資金として9万円を今月も入金しました。アンケートで得られたお金はなるべく貯蓄に回すようにしています。


お知らせ

8月3日をもって会社を退職することになりました。したがって早期リタイアの計画も一時中断となります。引き続き家計簿公開はブログ記事表題のまま続けますが、収入と支出に大きな変化が生じます。収入は傷病手当金とアンケート収入をベースに、支出は家賃や社会保険料、税金を含めた紹介となります。また無職期間中は少し貯金を切り崩す生活となるため貯蓄はお休みします。障害者雇用での就職を目指しますが、無理せず仕事探しは傷病手当金が貰える一年半の中で行っていきたいと思います。

20代からの早期リタイア計画「6月の収支」

配当金のあった6月

6月は配当金入金の月でしたのでいつもより収入が多くなりました。お金にお金を稼いでもらうことを進めていますが、やはり不労所得は嬉しいものです。アンケート収入と共に大きな副収入となっています。


収入の部

133,489円…給与
10,000円…会場アンケート
19,200円…アンケート
11,000円…株売却益
26,454円…配当金
合計200,143円
3分の1ほどを副収入でまかなうことができました。株で得た利益は再投資に充てることとし、さらに配当収入を増やしていきたいと思っています。


支出の部

31,847円…食費
2,000円…外食・交際費
7,220円…医療・衛生費
4,733円…通信費
2,500円…交通費
300円…駐輪代
3,723円…水道・光熱費
1,677円…その他
合計54,000円
食費がいつもの月より高くなりました。ビールを箱で買ったのと、6月は休まずに出社したので昼食代が高くついたのと、スーパーに行く回数が増えたためです。しかし全体としては平均的な支出額に落ち着いたと思います。


貯蓄の部

15,000円…財形貯蓄
85,000円…投資費用
9,200円…アンケート
11,000円…株売却益
26,454円…配当金
合計146,654円
たくさん貯蓄に充てることができました。しっかり増やして500万円に到達したいです。

20代からの早期リタイア計画「続・配当金が入る!」

配当金後半戦終える

6月も後半になり配当金の入金第二弾がありました。お金にお金を稼いでもらうためにも株式投資は頼もしい存在です。以下、6月後半に入金された配当金を紹介します。

ソフトバンク…3427円
住友商事…3500円
タカラトミー…1000円
エクセディ…3000円
関西電力…2500円
フジ・メディア・ホールディングス…1800円
合計15227円

6月だけで3万円近くの収入に

3月期決算の企業の期末配当だけでトータルで3万円近く稼げました。これらはもちろん再投資の原資にします。お金がお金を生む好循環のためには安易に使わないことが重要です。12月決算の企業からの配当やREITETFなどの分配金を含めても上期だけで44000円は稼げそうです。


年間では追加の投資による配当金も含めて90000円は稼げるのではないかと思っています。運用利回り4%を目安に高配当株を買っていきます。アンケートと株だけで30万円近く稼げるのはなかなかの数字だと思います。休職明けで残業代が稼げない今、確実に収入を増やしていくためにはアンケートと投資しかありません。

次の投資先について

ジェイテクトの株を偶然にも高値で売ることができ、手持ちの現金が増えている状況です。高配当株を買う選択肢が広がりどれにしようかなと考えています。銀行株にするか保険株にするか電力株にするかこの三択に絞られています。たぶん配当を強化すると宣言している銀行株を買うことになります。


中間配当の期限である9月までにNISAの枠は全部使っちゃうと思うので焦らず株価下落局面で購入できればと思っています。早期リタイアのためには単に貯めるだけでなく、増やすことも重要です。45歳で辞めるためにも、まずは20代で1000万円を達成します。